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札幌地方裁判所 昭和34年(わ)19号 判決

被告人 小枝常定

昭三・二・二八生 建具職

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収にかかる切出小刀一丁(昭和三四年領第四五号の1)を没収する。

理由

(被告人の経歴および犯行に至る経過)

被告人は、札幌市内の高等小学校を卒業後、叔父の市内南一二条西七丁目岡本正夫方の建具職見習となつたが、酒色にふけつて平常から行状芳しからず、昭和二八年三月強盗未遂罪で懲役二年六月に、同三一年七月暴行罪で罰金三、〇〇〇円に、さらに同三二年一〇月傷害および住居侵入罪で懲役六月に処せられたものであるが、この間、同三一年一〇月ころから脊髄カリエスを患い、四ヶ月ほど入院したが、当時同室の患者や看護婦が被告人にひどい体臭があるといつてそばに近寄るのを極力避けるようになつたので、被告人は、このことで強い劣等感を抱き、性格も次第にすさむようになつた。同三三年四月から市内琴似町琴似建具店坂野正由方に住込職人となり、一時は真面目になろうと決心したが長続きせず、そのころ前記坂野の娘に求婚して拒絶されたことなどもあつて、体臭のため人に嫌われているという執念を深め、同年一〇月中旬市内北八条東三丁目建具店柴田正太郎方の住込職人にかわつたものの、依然、人から体臭のことをいわれて、ますます生きる希望を失い、同年一二月初めころ、「自分を臭いといつた奴を皆殺しにして自分も死ぬ」という意味のふんまんの情をしたためた遺書を懐にし、刃渡一三センチメートルの細身の切出小刀(昭和三四年領第四五号の1)を、日中はズボンのポケツトに入れ、夜間就寝の際は自分の枕もとに置いたりして寸時も身辺から離さず、また小樽市に住む姉三恵子にあてて前同様の遺書(昭和三四年領第四五号の2)を書送つたりして、厭世的な日々を送つていた。たまたま同三四年一月八日午前一一時ころ、妹一子の嫁ぎ先である札幌市北一九条東一丁目豊田アパート内A方を尋ねたところ、美唄市から正月で遊びにきていたAの姪B(当時一二年)が独りで留守番をしており、Aは不在であつた。ふと、被告人は、オーバーのボタンがないことに気付いて同女にボタンを買つてきてくれるように頼み、戸外で待つていたが、やがてAが帰宅して、同家茶の間で同人と雑談を交わしながら持参した焼酎(二合瓶)をひとりで飲んでいるうち、Bがボタンがなかつたといつて帰つてきた。被告人は間もなくAと相前後して同人方を出たが、さらに焼酎二合瓶一本を買い求め、ラツパ飲みしながら独りで創成川のほとりを歩くうち、ボタンのことが気掛りでたまらず、Bに付けてもらおうとして再びA方に赴いた。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午後二時すぎころ、前記A方茶の間(四畳半)において、前記Bに対し、「何のボタンでもよいからオーバーに付けてくれ」と頼んだところ、同女が「付けられない」といつてこれを断つたため、にわかに憤激し、突然前記切出小刀をズボン右後のポケツトから取り出して同女に切り付けたところ、同女が驚きこれを避けながら、「何でもいうことを聞くから」といつたが、被告人は、その際の同女の姿態を見てにわかに劣情を催し、とつさに同女を姦淫して欲情を遂げようと決意し、直ちに同女の体に手を掛けてむりやり隣室(四畳半)に引きずり込んで仰向けに押し倒し、その上にのしかかつて同女のズボンを引き脱がそうとしたが、同女が驚愕の極必死に抵抗したので、情欲を遂げようとの一念から、その抵抗を排し姦淫の目的を遂げるためには同女を殺害してもかまわないと考え、ここに殺意を生じ、前記切出小刀を右手にふるつて力まかせに同女の腹部を突き刺し、続いて同女の右頸部を力一杯突き刺し、仰向けに倒れている同女の上にのしかかつて姦淫しようとしたが、陰茎が勃起しなかつたため、その目的を遂げなかつたものの、その際右頸部の刺創による右頸動脈切断に基く失血のため、その場において同女を即死させ、よつて殺害したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

なお、被告人および弁護人は、当公判廷において殺意を否認しているが、前掲各証拠によれば、本件犯行に用いた前記切出小刀は刃渡一三センチメートルの極めて細身の兇器で、用方により容易に人の生命を奪いうるものであつて、かつ被告人も右兇器の性質を充分に認識しており、また被告人は本件兇器をふるつて被害者の腹部、続いて頸部をいずれも力まかせに刺突し、その結果、左頸部に、創洞の深さ七・八センチメートルに達し、頸動脈を完全に切断する刺切創の創傷を与えているのみならず、犯行当時たまたま焼酎四合(被告人の適量)を飲み、そのため性衝動の発作に対する抑制力を著しく弱められ、その強烈な獣欲の対象としてBが被告人の網膜に映ずるにおよび、情欲を遂げようとの一念に駈られ、手段を選ぶ心理的な余裕がなく、また被告人は前記の如くかねてから厭世観に襲われ、ついには他人を殺害して自分も死のうと考えるに至り、極めて稀薄な人命意識に支配されていたものであるところ、本件犯行時の如く精神の異常な緊張興奮に遭遇した際、いわば意識の深層における殺意(もとより刑法上の意味で殺意ということはできない)が、格別の心理的抵抗に遭うことなしに本件被害者に対する殺意に変容するに至つたことが容易に推認されるところであるから、被告人および弁護人の右の主張は理由がない。

(法令の適用)

法律に照すと、被告人の判示所為中、強姦致死の点は、刑法第一八一条に、殺人の点は同法第一九九条に該当するが、右は一個の行為であつて、二個の罪名に触れる場合であるから、同法第五四条第一項前段、第一〇条により重い殺人罪について定めた刑をもつて処断すべきところ、所定刑のうち無期懲役刑を選択し、被告人を無期懲役に処することとし、押収にかかる切出小刀一丁(昭和三四年領第四五号の1)は、被告人が本件犯罪行為の用に供し、かつ被告人以外の者に属しないから、同法第一九条により没収する。

(訴訟費用は、被告人が貧困のためこれを納付することができないことが明らかであるから、刑事訴訟法第一八一条第一項但書により被告人に負担させない。)

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤竹三郎 相沢正重 橋本享典)

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